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私達の街 豊中

豊中店院長 笹原 碧紗

笹原院長

飯田鍼灸整骨院 豊中店の院長を務めます、笹原碧紗(ささはら みさき)と申します。
熊本県阿蘇市出身で、4人姉弟の2番目です。
阿蘇の山々に囲まれた雄大な自然の中で育ち、幼少期は時間があれば川や神社でモツゴやサワガニを捕まえ、公園や畑でちょうちょやトンボを追いかけ回す、野外での遊びが大好きな子供でした。
小学校の4年生からはサッカーを始めました。
ほとんど思い付きで始めたサッカーでしたが、その面白さに取りつかれ、夢中でボールを追いかけていました。
中学に上がるといろいろな理由でサッカーを続けることを諦め、友達の誘いでソフトボールを始めます。
その選択が良くも悪くも私の人生を180度変えてしまいました。
私の通っていた中学校のソフトボール部は、当時、熊本県内でも1.2を争う強豪校でした。
その生活は、ただひたすら厳しい練習に耐える日々。
ソフトボールの楽しさや魅力など、全くわからないまま中学校3年間が過ぎたと言っても過言ではありません。
実際にソフトボールが好きか?と問われても、毎回決まって「わからない」と答えていました。
しかしチームのみんなとソフトボールに励んだ日々はとても充実していて、自分でも気づかぬうちに、ソフトボールの魅力へと引き込まれていたのだと思います。
そして、中学3年になり進路を決める際、私は迷わずソフトボールを続ける道を選びました。
選んだ先は、また、県内トップレベルの強豪校。
その高校生活は中学の比ではない程、練習も上下関係も厳しいもので、部活だけではなく学生としての在り方、ひとりの人間としてのマナーを監督や先輩に叩き込まれました。
逃げ出したくなるような出来事も数多くありましたが、高校3年間で5度の全国大会出場、内1回はベスト4という大変貴重な経験をさせていただきました。
今、思い返してみると、とても輝く日々を過ごしていたのだと思い知らされ、当時関わって頂いた皆様には本当に感謝しています。
高校でのソフトボール生活を終えると、中学時代からの夢であった、柔道整復師になることを目指して、大阪の大学への進学を決め、4年間で無事、国家試験に合格しました。

私がこの業界を目指すきっかけになったのは、やはりソフトボールでの経験にあります。
ソフトボールに打ち込んだ6年間、私は何度も怪我や故障に悩まされました。
肩、肘、腰、膝etc...全身のあらゆる場所を痛め、その時に感じた自分だけが取り残される恐怖や絶望、練習に参加できない申し訳なさはとても耐えがたいものでした。
怪我や故障で苦しんだのは自分だけではありません。
先輩や後輩、同期達も同様です。
膝を痛め別メニューでひっそり練習している先輩。
捻挫に泣く後輩。
腰椎分離症で動けなくなっているにも関わらず、練習を休みたくないから監督には言わないでほしいと泣きつかれたこともありました。
そのたびに自分には何もできないもどかしさで胸が締め付けられ、この道に進むことを心に誓いました。
そしてもうひとつ、この業界を知り、目指すきっかけとなった出来事として、ある整体院の先生との出会いがありました。
その方は、私が中学生の時、腰の痛みに耐えられず、知り合いの紹介で行った整体院の先生です。
初回の施術が終わった日の帰り際、先生は私に「また明日、動けなくなるまで練習してからおいで」と言って見送ってくれました。
その時、私は目から鱗が落ちる思いでした。
どうせ、練習を休むように言われるだろう、と思っていたからです。
練習を休むことへの抵抗が心の8割を占めていた私にとって先生のその言葉は明るい希望となりました(もちろん、誰でもかれでも練習を休まなくていいという意味ではなく、その時の私の身体の状態を診ての判断だということは、この仕事を始めた今、十二分に理解しています。)。
そんな、怪我の恐怖と戦う私に光を与えてくれた先生と同じ仕事がしたい!!
それが一番のきっかけです。

皆さまは今、どのような身体の痛みでお悩みでしょうか?
私のようにスポーツによる怪我、仕事や日常生活でのオーバーワーク、交通事故など、痛みの原因は様々で、皆さまの悩みも多様にあるはずです。
私たちにその身体の痛みや悩み、不安を取り除くお手伝いをさせてください。
きっとお役に立てると思います。
豊中の皆さまの心身両面のご健康、そこから広がる穏やかで幸せな毎日をお過ごしいただけること、心より願っております。
是非一度、飯田鍼灸整骨院 豊中店へご来院ください。
いつでもお待ちしております。


飯田鍼灸整骨院 豊中店 院長 笹原碧紗

体の「痛み」や「しびれ」「だるさ」に自信があります

当飯田鍼灸整骨院。